失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
「なら、いい。……ただ俺は、まだ十分じゃないんだ」

「んっ」

 耳の輪郭に軽く口づけられ、つい声が漏れた。完全な不意打ちで、首筋に鳥肌が立つ。反射的に耳に手をやろうとしたら、その前に彼に抱きあげられた。

「きゃっ」

 まるで子どもみたいに視界は高くなり、不安定さに彼にしがみつく。逆に光輝さんは余裕たっぷりの笑みを浮かべている。

「未可子にまだ触れたい」

 さらなる要求に目を瞬かせる。

「それは……」

 まさかこんな形で求められるなんて。

 うろたえている私をよそに、光輝さんは寝室に歩を進める。きっと光輝さんは、私がやめてほしいって言ったら、聞いてくれる人だ。

 私は意を決して、彼に抱きついた。

「光輝さんの甘えられる相手が妻だけ……私だけなら、めいっぱい甘やかしてあげますよ?」

 動揺を悟られなくて、精いっぱいの虚勢を張る。けれど口にしてから後悔の渦が回り出した。こんな彼を試すような、かわいげのない返しをしてどうするの。

「そうだな」

 彼の言葉に顔を上げる。先ほどまでの笑みは消え、真剣な面持ちで光輝さんが視界に映る。

「未可子だけだ」

 ああ、もう。ずるい。好きな人にこんなことを言われたら、それが今だけだとしても、応えたくなる。

 返事をする代わりに顔を近づけると、どちらからともなく唇を重ねた。
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