失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
「余裕なんて微塵もない」

 光輝さんの唇がゆっくりと動き、紡がれた言葉に目を丸くする。光輝さんは眉間にしわをよせ、軽くため息をついた後、私と目をしっかりと合わせた。

「未可子に嫌われたくなくて、大事にしたいから、必死で取り繕っているだけだ」

 嘘、と反射的に言い返しそうになったけれど、よく見ると光輝さんの表情は、なにかを必死に堪えているような表情だ。

 彼の本音に今度は違う意味で目が潤む。

 私だけじゃない?

 求めているのも、好きという気持ちも。

 私は一度唇を引き結んでから、ゆっくりと動かす。

「夫婦なんだから……取り繕うのは、なしですよ」

 弱々しく告げたら、光輝さんはふっと微笑み私の頭をなでた。

「そうだな」

 言うと、光輝さんはシャツとインナーをすばやく脱ぎ、逞しい上半身を惜しげもなくさらす。思ったよりしっかりと筋肉がついていて、無駄がなく引きしまった体に息をのむ。直視できずにぱっと顔を逸らしたら、ぎゅっと抱きしめられた。

 さっきまでと違い、肌と肌が触れ合う感覚は言い知れない安心感と温かさをもたらす。顔が見えなくなったのをいいことに、甘えるように彼の胸に擦り寄った。

「未可子が許したんだ。後悔するなよ」

 低く切羽詰まった声が耳に届く。それがどういう意味なのかまでは理解できない。この関係がいつか終わるかもしれないってこと? わからない。でもひとつだけ言えるのは、絶対に後悔はしない。今だけでも、これだけでも。

 光輝さんの考えも未来も想像できないけれど、今は私が彼の妻で、私が彼を好きな気持ちだけは本物だから。
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