失恋相手と今日からニセモノ夫婦はじめます~愛なき結婚をした警視正に実は溺愛されていました~
 しかし、近くでパトカーの音が聞こえる。おそらく光輝さんが先に連絡を入れていたものだろう。千恵さんは大通りの方をちらりと見た。

「時間があまりないみたいです」

「あなたの目的はなんですか?」

 光輝さんの質問に、千恵さんは笑った、気がする。

「今すぐ父に電話して、この人と別れて私と結婚すると伝えてください」

 予想通りと言うべきか。千恵さんはどうしても光輝さんをあきらめられないらしい。だからって、こんな真似までするの?

「今まで私は欲しいものはすべて手に入れてきたんです。あなたも例外ではありません。それに……警察庁の父の立場のおかげで、多少の無茶をしても、とがめられずにきましたから」

 こういった状況は初めてではないと暗に物語っていた。突発的なものではない、彼女のやり方はあまりに手慣れていると感じた。

「父に私との結婚を伝えたら、父は喜んで、あなたを義理の息子として大事にしますよ。プライベートでも仕事でも。出世は約束されるでしょう」

 余裕たっぷりな千恵さんに対し、光輝さんは厳しい表情を崩さない。千恵さんは意気揚々と続ける。

「もちろん、無理にとは言いませんよ。ですが、あなたは既婚者でありながら外事局局長の娘に手を出し、結婚をほのめかしていたと警察庁内に知られることになる。キャリアはあきらめるんですね。それどころか懲戒も免れないかもしれません」

 声高に千恵さんが叫ぶ。選ばせるようで、ただの脅迫だ。けれど脅しではない。彼女は本気だ。

 人を傷つける指示が平気でできて、自分もこうしてナイフを他人に突き立てられる。今まで罪に問われたこともない。おそらく今回もそうなのだろう。
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