隠れ御曹司の恋愛事情(改稿版)


(どうしよう)


 本当に桐山くんのマンションに来てしまった。
 カードキーを借りてはいるものの、それを本人の許可なく使える訳がない。
 とりあえず桐山くんに連絡してみたけれど、メッセージは既読にならないし、電話は『電源が切れている』というアナウンスが流れた。


(……避けられていないよね?)

 後ろ向きな考えがよぎる。
 それを振り払うようにして、拳を握る。
 会えなかった分、ネガティブになっているようだ。

(……とりあえずインターフォンを押して、居なかったら帰ろう)

 こわごわと彼の部屋へと向かう。
 彼と何を話そうか。そう考えながらエレベーターに乗った。

(だってわたし、まだ『答え』を出していないのに)

 自分から考える時間がほしい、と言っておいて、押しかけても良いものか。悩んだところで、エレベーターのドアが開く。
 目的地に到着した軽快な音を聞いて、覚悟が決まった。
 だって、ここに来たのは自分の意思だ。

(桐山くんに会いたいって思ったから……)


 会いにきてしまった。
 心臓が痛いくらいにドキドキしている。それと同時に久しぶりに桐山くんと会えるかもしれないという期待も湧き上がる。
 ゴクリと喉を鳴らして、インターフォンを押せば、ややあって返事が聞こえてきた。

『桐山くん……突然訪ねてしまってごめんなさい。花咲です』
『え……!』

 驚いた様子の彼の声を聞いて、ぎゅっと目を閉じる。けれど、次に聞こえたのは慌ただしくこちらに向かう足音と、勢い良く開けられた扉の音。


「本当に桃子さんだ……!」

 ドアチェーンを外して、彼がわたしを部屋に引き込んでから、抱きしめた。

「夢みたいです」

 うっとりと彼が呟く。全身を使っての歓迎ぶりに、わたしはホッと息を吐く。


「突然来て迷惑じゃない?」
「全然! 桃子さんならいつでも歓迎しますよ!」

 柔らかな桐山くんの声音が安心する。
 少し身じろぎすると、彼の使っているシャンプーの匂いが鼻腔を擽った。

「お風呂入っていたの?」
「ええ。今、出張から帰ってきたところなんです。桃子さんは体調を崩されていたみたいですけど、大丈夫でしたか?」
「うん。もう大丈夫」

 ニコリと笑えば、桐山くんからも笑った気配がした。

「あ、すみません。玄関で……今、部屋に案内します」
「うん、ありがとう」

 腰を抱かれたまま招かれる。
 リビングのソファー。そこに座るのかな、と目を向ければ、ソファー近くのテーブルにあったのは……お見合いの釣書だ。
 自分自身もこの前したお見合い。
 その釣書がテーブルに何冊も置かれている。
 呆然と立ち止まれば、彼は「違うんです」と慌てた。


「桃子さんと付き合っていることを知らない親族が送ってきただけですから!」

 目に見えて彼が動揺している。乱暴な様子でお見合いの釣書を片付けようとしている桐山くんをわたしは止めたーー彼女の言っていた『期限』を思い出したのだ。


「大丈夫だよ」
「でも……」
「桐山くん」
「はい」
「もしかして、わたしと付き合うのに『期限』ってある?」



< 46 / 56 >

この作品をシェア

pagetop