孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
駅前の待ち合わせ場所。
人の流れの多い中で、紬は立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回していた。

選び抜いたコーディネートに袖を通し、心臓は朝からずっと早鐘を打っている。

時間ぴったり。
一条さんはきっと、もうすぐ来る――そう思った瞬間。

「あ、紬さん」
すぐ後ろから聞こえた声に、紬は驚いて振り返った。

そこに立っていた一条は、スーツ姿とはまったく違う印象だった。

淡いブルーグレーのリネンシャツは、腕まくりがされていて涼しげで、下はベージュのスラックス。

足元は白のレザースニーカー。

品のあるカジュアルさで、肩の力が抜けているのに、隙のないバランス。

まるで、雑誌の1ページから抜け出してきたかのような洗練された私服姿だった。

「……」
紬は一瞬、声が出なかった。

「どうかしました?」
優しく微笑む一条。

「あ、いえ……」
見惚れてたなんて言えない。
でも、言葉にしなくても表情には出ていたのかもしれない。顔が、熱くなる。

「紬さんこそ、とても素敵です。よく似合ってる」
一条がさらりと言った。

「え……ほんとですか……?」
紬は俯きながらも笑みを浮かべた。
選んでもらった服を褒められたことが嬉しくて、胸の奥がじんわり温かくなる。

「はい。じゃあ、行きましょうか。お昼、予約してあるんです」
一条が少し手を差し出すと、紬は迷わずその手を取った。

日差しの強い夏の昼下がり。
手と手をつないで、ふたりはゆっくりと歩き出した。
心の距離は、また一歩、近づいていた。
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