孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
ランチの途中、ふとした沈黙が落ちた。
窓の外には真夏の陽射しが差していたが、店内の空気は落ち着いていて、ふたりの心の声がそっと触れ合うような静けさがあった。

隼人は、フォークをそっと皿の端に置き、言葉を選ぶように口を開いた。

「……でも、今も思うことがあるんです」

紬は、自然と顔を向けて聞いていた。

「自分を……疑ってしまうんです。また過去の女性たちにしてきたように、あなたのことも、気づかないうちに傷つけてしまうんじゃないかって」

テーブルの上に置かれた隼人の手が、かすかに力を込めるのがわかった。
まるで、心の奥底で沸き上がる不安を抑えようとするように。

紬は静かに、一度だけ瞬きをした。そしてまっすぐ彼を見つめ、言った。

「私は……一条さんが今、誰かを大切に思う気持ちを信じています」

その声は、揺れも迷いもなかった。
紬自身も怖さや不安を抱えている。
だけどそれでも、目の前の人の孤独に、そっと触れたくなった。

「だから、一条さんも……自分を信じてあげてください。きっと、一条さんなら、大丈夫です」

その言葉に、隼人はふと目を閉じた。
何かに耐えているように、ほんの短い沈黙の中で、自分の心の奥と向き合っているようだった。

静かな時間が流れたあと。
紬は黙って、そっと隼人の背中に手のひらを添えた。温度も、言葉もいらない。
けれどその手は、確かに彼に伝わった。

(きっと、この人は……ずっと一人で、何かに耐えてきたんだ)

隣に座っていても、触れられなかった距離が、少しずつ、埋まっていくのを感じる。
その背景に、どんな孤独があるのかはまだわからない。だけど、たとえすべてを知るのに時間がかかっても、それでもいい。

(私は――一条さんの過去ごと、全部受け止めてあげたい。もし傷ついているのなら、それを少しでも癒してあげたい)

黙ったままの隼人が、ようやく目を開けた。
紬の手が、まだそっと背に触れているのを感じながら、彼は心の奥で言葉にできない感情に名前をつけようとしていた。

そして、ふたりの距離は、確かにまたひとつ、縮まった。
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