孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
午後。
ランチを終えたふたりは、ゆっくりと歩いてニューサンシャイン水族館へと向かった。

都会の真ん中にありながら、空中に浮かぶように設計されたその場所は、喧騒から少し離れてふたりの時間を閉じ込めてくれるようだった。

「上にある水族館って、なんだか不思議ですね」
「ええ、静かで、少しだけ日常から離れられる気がして」

エレベーターの中、紬は少し緊張しながらも、一条と並んで立つだけで心がふわりと軽くなるのを感じていた。

館内に入ると、天井からクラゲがふわりふわりと漂っていた。
ライトアップされた幻想的な演出に、紬は自然と笑みをこぼす。

「クラゲって、癒されますね」
「見ていて飽きないですね。……あなたの笑顔のほうが、もっと癒されますが」
唐突な一条の言葉に、紬の顔はぱっと赤くなる。

「そ、そういうの、さらっと言わないでください……」
「言ってません。心の声が漏れました」

冗談とも本気ともとれるような口ぶりに、紬は胸がくすぐったくなった。

ふたりは、透明なトンネルをくぐりながら、頭上を泳ぐ魚たちを見上げたり、ペンギンが泳ぐ水槽の前で自然と並んで腰を下ろしたりした。

人が少ない平日の昼下がりは、静かで心地よい。

「なんだか、こんな穏やかな時間がずっと続けばいいのに……」

ぽつりと紬がつぶやくと、一条はその横顔をそっと見つめ、

「きっと、続きますよ。……あなたとなら」
そう言って、指先がふわりと紬の手の甲に触れた。

水族館を出ると、まだ陽は高く、そよ風がやさしく吹いていた。
すぐ近くのサンシャイン広場へと向かい、噴水が優雅に舞い上がる前で少し休むことにした。

芝生のベンチに腰を下ろすと、紬はゆっくりと目を閉じた。
子どもたちのはしゃぐ声、噴水の音、それを包み込むように吹き抜ける風。
そのすべてが、一条といることで特別に感じられる。

「紬さん、」
「はい?」
「今日が、あなたとの初めてのデートでよかったです」
「……私もです」

そっと寄り添うように、ふたりの肩がかすかに触れた。
一条は、それ以上何も言わず、けれど離れることなく、ただその肩の温度を感じていた。

それは甘くも静かな午後の、ひとときの魔法のような時間だった。
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