孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
日が暮れ、オレンジから群青へと空の色が移り変わる頃。
ふたりは、サンシャインシティの屋上にある観覧車へと向かった。

東京の街にぽつぽつと灯りがともりはじめ、まるで星空が地上に降りてきたようだった。

カプセルに乗り込むと、ふたりきりの静かな空間。
ガラス越しに見えるのは、東京タワー、スカイツリー、都会のビル群。
少しずつ上昇していく中、紬の胸の高鳴りも加速していた。

「紬さん」
静かな声で、一条が切り出す。
「……敬語じゃなくて、名前で、タメ口で呼んでほしいんです」

真正面から、まっすぐに、ためらいなく。

紬は驚いて、一条の目を見た。
その誠実でやわらかな眼差しに、一瞬言葉が詰まる。だけど、逃げたくはなかった。

「……隼人さん」
少しぎこちなく、それでもちゃんと気持ちを込めて。

自分の口から出たその言葉に、恥ずかしさが込み上げて、ふっと笑ってしまう。

「……すごい、緊張する」
「いいですね、すごく」

一条はくしゃりと笑った。
今まで見たことのないような、少年のような笑顔だった。
そして、そっと立ち上がり、向かいの席から紬の隣に腰を下ろす。

目線が近づく。
お互いの表情が細部まで見える距離。
その瞬間――観覧車がふわりと風に揺れた。

「きゃっ……!」
咄嗟に、紬は隣にいた隼人の腕を掴む。しがみつくように。

「大丈夫だよ」
隼人は低く、やさしく囁きながら、そっと紬の肩に手を回した。

肩越しに感じる彼の体温と、落ち着いた声。
安心と緊張がないまぜになって、紬の心臓はまるで爆発寸前のように脈打っていた。

「隼人さん……」
名前を呼ぶだけで、気持ちが熱くなる。

一条の視線が、紬の瞳をまっすぐに射抜くように絡み合い、ふたりの時間が完全に静止した。
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