孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
隼人の手が、紬の髪をやさしくすくいあげる。
そして、もう片方の手は、そっと彼女の頬に添えられていた。

息が詰まりそうだった。
紬は、まばたきも忘れて彼を見上げていた。
近づく距離に心臓が跳ねる。
胸が痛いほど脈打っているのに、呼吸だけがうまくできない。

それに気づいた隼人は、ふっと穏やかに笑った。
「息、して。つむぎ」

その言葉で、紬ははっとする。
でも、どうしたらいいのか分からない。
初めてで、戸惑って、怖いわけじゃないのに緊張で体が固まっていく――

そんな紬の様子を、隼人はすべて見透かしていた。

「大丈夫。俺がちゃんとするから」
低くて、優しくて、包み込むような声。
その声が胸の奥に届いて、紬の肩の力が、少しずつ抜けていった。

彼の顔が近づく。
目を閉じる瞬間、紬はまた少し息を止めてしまいそうになる。
でも――

そっと、彼の唇が紬に触れた。
それは、吸い寄せられるように、やさしく、やわらかく、確かに。
一瞬、時が止まったように感じた。

慌ててしまいそうになる紬を、隼人はまるごと受け止めてくれた。
焦らず、急がず、そっと角度を変えて、もう一度触れる。
安心させるように、彼の唇が、やさしく紬のものを包みこむ。

ぎこちないのは、わかっていた。
それでも、紬のすべてを愛おしむように、隼人は深くは求めず、ただその瞬間を、二人で共有していた。

長い、長い静けさのなかで、そっと唇が離れる。

観覧車の窓の外には、東京の夜景が変わらず煌めいていた。
でも、紬の世界は、もうまったく違っていた。

彼の手はまだ頬にあって、
その目が、まっすぐに自分を見ていた。

「……ありがとう、紬」
その言葉に、胸がいっぱいになった。

そして彼女は、ようやく、小さく微笑んだ。
それが、恋の始まりだった。
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