孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
次の日の朝。

オフィスの入り口を抜けた瞬間、紬は片山に呼び止められた。
「成瀬さん、人事の方が呼んでいます」
その一言が、まるで空気の冷たさを変えたようだった。

全身にぎゅっと力が入り、心臓が早鐘を打つ。
手先の感覚が少しずつ遠のいていく気がした。
足元がふらつく。

けれど、それを悟られぬように、無表情を貼り付けたまま片山の後ろに続いた。

エレベーターを降り、いつもは通らないフロアの端。そこにある小さなミーティングルームのドアを片山がノックすると、中から「どうぞ」という声が返ってきた。

紬は深く息を吸って、一歩を踏み出した。

中には、人事課の男女二人が待っていた。
男性は黒縁メガネをかけ、資料を整えていた。女性はすでにペンを持ち、ノートを開いている。

二人とも、紬を迎えるわけでもなく、表情を崩さずただ淡々と視線を向けた。
同情も、敵意も、温度のないそのまなざしに、胸の奥がひやりと冷えた。

まるで、自分の身に起きた出来事が、“事実”ではなく“情報”として処理されていくような、そんな感覚だった。
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