孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
自席に戻った紬は、椅子に腰を下ろすと、深呼吸ひとつ。
さっきまでの出来事は、まるで遠くで起きたことのように胸の奥に押し込め、目の前の業務に集中しようとした。
PCを立ち上げ、保険金支払い予定の示談案件のファイルを開く。
事故発生日、契約内容、被害状況、損害額、そしてこれまでの交渉経過が記録されていた。
――交渉相手は、60代の男性被害者。
大型バイクに乗車中、交差点でトラックと接触し転倒。
骨盤を複雑骨折し、長期入院を余儀なくされた。
だが問題はそこではない。
「バイクの事故は、相手が悪い。信号無視をしたのはあっちだ」と主張する男性に対し、事故調書では微妙に「過失割合5:5」と記載されていた。
男性の速度超過や黄色信号進入の疑いもあり、完全な被害者ではない。
にもかかわらず、相手は「100%払え。過失は一切認めない。あんたたち(保険会社)は加害者の味方なのか」
と感情的な言葉をぶつけてくる。
紬は、事故の現場写真やドライブレコーダー映像を思い出しながら、冷静に整理をつけた。
確かに相手の言い分も分かる。
年齢もあり、長期入院は心身共に大きな負担だっただろう。
だが、だからといって事実を曲げるわけにはいかない。
保険金は公平な基準で算出されるべきもの。
彼の怒号や感情の波にのみこまれそうになりながらも、紬はこれまで真摯に交渉を続けてきた。今日は、その最終調整の日。
「本日中に、支払い額にご納得いただけない場合、弁護士対応に切り替えるしかない」
そう記されたメモを横目に見ながら、紬は受話器に手をかけた。
音を立てずに、淡々と。
けれど、その指先はわずかに震えていた。
さっきまでの出来事は、まるで遠くで起きたことのように胸の奥に押し込め、目の前の業務に集中しようとした。
PCを立ち上げ、保険金支払い予定の示談案件のファイルを開く。
事故発生日、契約内容、被害状況、損害額、そしてこれまでの交渉経過が記録されていた。
――交渉相手は、60代の男性被害者。
大型バイクに乗車中、交差点でトラックと接触し転倒。
骨盤を複雑骨折し、長期入院を余儀なくされた。
だが問題はそこではない。
「バイクの事故は、相手が悪い。信号無視をしたのはあっちだ」と主張する男性に対し、事故調書では微妙に「過失割合5:5」と記載されていた。
男性の速度超過や黄色信号進入の疑いもあり、完全な被害者ではない。
にもかかわらず、相手は「100%払え。過失は一切認めない。あんたたち(保険会社)は加害者の味方なのか」
と感情的な言葉をぶつけてくる。
紬は、事故の現場写真やドライブレコーダー映像を思い出しながら、冷静に整理をつけた。
確かに相手の言い分も分かる。
年齢もあり、長期入院は心身共に大きな負担だっただろう。
だが、だからといって事実を曲げるわけにはいかない。
保険金は公平な基準で算出されるべきもの。
彼の怒号や感情の波にのみこまれそうになりながらも、紬はこれまで真摯に交渉を続けてきた。今日は、その最終調整の日。
「本日中に、支払い額にご納得いただけない場合、弁護士対応に切り替えるしかない」
そう記されたメモを横目に見ながら、紬は受話器に手をかけた。
音を立てずに、淡々と。
けれど、その指先はわずかに震えていた。