孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
会社から少し離れた、人通りの少ない道に差しかかった頃だった。
ふと、隼人は紬の手を取ろうと手を伸ばした。

——その瞬間。

紬はビクリと肩を震わせ、怯えたようにその手を振り払った。
目を合わせない。体は強ばっていて、どこか防御するように少し身を引いた。

「……ごめん」
彼女はかすかに呟いたが、その声には心が乗っていなかった。

隼人の胸に、ざわりとした違和感が走る。

(デートの時とは、まるで違う)

緊張しているのはわかる。
けれど、紬の目にはもうひとつ、別の影が差していた。
どこか遠くを見ているような、とろんとした、力のない瞳。
まるで現実の輪郭がぼやけてしまったような、そんな虚ろさ。

あの時と同じだった——
あの面談の時、大橋健一が怒鳴り声をあげ、突然倒れ込んだ瞬間。

紬も、あの時と同じ顔をしていた。

(……何かあった)
確信に近い予感が背筋を冷たく這い上がってくる。

だから隼人は、あえて言葉を選びながら問いかけた。

「紬……もし、嫌じゃなければ。店じゃなくて、うちに来るか?
ただ、ちょっと、話がしたいだけ。無理にとは言わない」

紬は少しだけ目を見開いて、それから、かすかにホッとしたような顔をした。
迷いながらも、「……うん」と小さく頷く。

その表情を見て、隼人はようやくひとつのことに気づく。
——これは、自分が拒絶されたわけじゃない。
彼女の中で何かが壊れそうになっていて、それを、誰かに支えてほしかったのだ。

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