孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
ソファに横たわる紬が静かに寝息を立ててから、約30分が経っていた。

隼人はリビングのテーブルに向かい、書類を確認しながらも、どこか集中しきれず、時折視線を彼女の方に送っていた。

ふと、部屋の空気が微かに変わった気がした。

ピタリとタイピングの手を止めて、ソファに目を向ける。

——呼吸のリズムが、変わっている。

すう、はあ、と整っていた眠りの音が、どこか引きつるように乱れていた。
眉間に皺を寄せ、唇がわずかに震えている。
額にはじっとりと汗がにじみ、頬はほんのり赤い。

「……悪夢か?」

隼人は静かに立ち上がると、紬のそばにしゃがみ込む。
そっと肩に手を置き、軽く叩いた。

「紬、大丈夫だ……起きて」

反応がない。もう一度、肩を軽く叩く。
三度目のとき——

「っ……!」
紬がビクリと体を跳ねさせ、はっと目を見開いた。

「——やめて……っ」
掠れた声。うなされた直後のように、混乱の色を浮かべた瞳が、あたりを彷徨った。

「大丈夫、紬。俺だ、隼人だ」
落ち着いた声で、隼人が彼女の目の前に顔を寄せる。

その声に、紬の視線がようやく焦点を結ぶ。
彼の顔を認識した瞬間、はっと息をのみ、こわばった体が少しずつ緩んでいった。

「……夢、だった……」
紬はか細くつぶやき、膝を抱えるようにして体を丸める。

「……怖い夢を見た?」

紬は頷きそうになって、ふと止まり、黙り込んだ。

けれど、その沈黙がすべてを語っていた。

隼人は、声をかけるタイミングを慎重に測るように、ただ静かに彼女の傍にいた。
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