孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
紬はしばらく膝の上に視線を落としたまま、口を開こうとしなかった。

けれど、ようやく掴むようにして言葉をつむぎ出した。

「……あのね、今日セクハラの件で上司に呼ばれてさ。岩崎が……私の訴えは“でっち上げ”だって言ったらしくてね」

そう言った紬の目は、どこか遠くを見つめていた。
隼人はそっと頷くだけで、何も口を挟まなかった。

「それで今日……人事に話、聞かれて……。思い出したくもないのに、思い出して、全部、話したら……」

彼女の言葉が、だんだんと間をあける。
喉の奥に、何かが詰まっているように。言葉が重くなっていく。

「……“あなたにも隙があったんじゃないか”って……」

その一言をようやく吐き出したあと、紬は目を閉じた。
けれど、涙は一滴もこぼれなかった。

泣かなかった。
いや——泣けなかったのかもしれない。

「みんなに相談できて……やっと……安心して働けるって思ったのに」

その声は、小さく震えていた。
明かりの下でもはっきりとわかるほど、唇はわずかに揺れていた。

「でも……そんなになんでも……とんとん拍子には……うまくいかないものね……」

その囁きは、まるで心の奥をすり減らしながら絞り出すようだった。
体を丸めるようにして、毛布の中に小さく収まっている紬の姿に、隼人は視線を落とした。

——そっと手を伸ばすべきか、それとも、今はただ隣にいるべきか。
選びかねるような沈黙が、再び部屋に満ちる。
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