孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
人気のない廊下の奥。
ほとんど使われていない備品室の前で、紬はそっとしゃがみ込んでいた。

背中を丸め、目を閉じて両手を胸に当てる。
ほんの少し震えていた。

――勇気が、必要だった。
自分の言葉で、自分の傷を曝け出すことは。
黙ってやり過ごせば楽だった。でも、それでは誰も救われないし、何も変わらない。

「……っ」

浅く息を吐く。
あかりや茜に心配されないよう、泣かないようにと何度も言い聞かせた。
だけど、胸の奥がきゅうっと締めつけられて、じんわりと目元が熱くなる。

そのときだった。
ふと、近づいてくる気配を感じて、はっと目を開ける。

そこに立っていたのは、見慣れたスーツ姿――隼人だった。

(……どうして?)

視線が絡んだ瞬間、隼人の顔がほのかに揺れる。
困ったような、それでいてとても優しい目だった。

「……泣かないで。俺がいるでしょ」

小さな声で、隼人が言った。
その声に、張りつめていた心の糸が音もなく切れる。

そして、隼人の手がそっと紬の頭に触れた。
ぽん、と優しく撫でられる。

――ああ、もうだめだ。

紬はこらえきれずに目に涙を浮かべた。
言葉にはならない、けれどその存在だけで支えられる、そんな瞬間だった。
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