孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「……紬?」

聞き覚えのある、少し慌てたような声が響いた。
顔を上げると、そこにはあかりが立っていた。
少し息を切らしている。

「やっぱりここにいた……心配したよ。人事課に行ってから戻ってこないから」

あかりはそう言いながら、すぐに紬の隣にしゃがみ込んだ。
「大丈夫?また何か嫌なこと言われたの?」

その声に、紬は首を横に振った。俯いたまま、力なく微笑んでみせる。

その様子を見て、あかりは一瞬黙り、そして視線をそっと横に送った。
そこにはまだ隼人が立っていた。紬を見守るように、黙って佇んでいる。

少し考え込むような表情のあと、あかりが口を開いた。

「一条さん、今日は事故対応の件でお越しでしたよね。……担当、私なので、少しだけ間を繋いでおきます」

きょとんとする紬と隼人を見て、あかりはふっと優しく微笑んだ。

「紬のそばに、もう少しいてあげてください」

その言葉に、隼人は驚いたように目を見開き、それからすぐに深く頭を下げた。

「……ありがとうございます。助かります」

あかりは小さく頷き、紬の肩に手を置いて、静かに立ち上がる。

「じゃあ、あとよろしくお願いしますね。一条さん」

そう言って、あかりは踵を返し、足音も静かにその場を離れていった。

廊下にふたたび静けさが戻る。
その中で、紬は隣にいる隼人をちらりと見た。
言葉よりも、ただそばにいてくれるその温もりが、胸にしみていた。
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