孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
紬が自席でパソコンに向かい、午前中の業務内容を思い出しながら処理を再開していたときだった。
部屋の扉が軽く開いて、「つむぎー」と、あかりの声が響いた。

顔を上げて立ち上がると、あかりはそっと近寄ってきて、小声で囁いた。

「一条弁護士、お見送りです」

――わざわざ、私のことを待ってくれてるの?

少し胸が高鳴るのを感じながら、紬はあかりと並んで廊下を歩いた。
エレベーターの前には、隼人の姿があった。
ちょうど他の社員と仕事の話をしているところだったが、紬たちに気づくと、ふと顔を向けてにこりと笑った。

「お疲れ様でした」

その自然な笑顔に、隣のあかりが一瞬だけ目を丸くしたのが分かった。
あのあかりが、一瞬驚いた顔をしたあと、すぐに表情を引き締めて真顔に戻る。

――驚くよね。あんな顔、私だってあんまり見たことない。

隼人は紬に目を向けて、いつもの落ち着いた声で言った。

「成瀬さん、お困りのことはありませんか?」

それはただの業務上の確認のようでいて、明らかに別の意味を含んでいた。
周囲には一切悟らせず、それでいて確実に、彼だけが知る優しさがあった。

紬は、そっと頷く。

「はい、特にございません」

その返答に、隼人は小さく頷き、言った。

「それでは、失礼します」

そして、何もなかったようにエレベーターに乗り込み、扉が静かに閉じていった。

その背中に、言葉にできない安堵とぬくもりが残された。
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