孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「うちでシャワー浴びてく? それとも……もう帰る?」

ソファで寄り添ったまま、隼人がふいにそう口にした。
穏やかで、柔らかく、
どこまでも配慮に満ちたその声は、紬の胸の奥をやさしく撫でるようで――
けれど、同時にどこか寂しさをも残した。

(優しい……でも、やっぱり距離を置かれてる気がする)

紬はそう思った。
彼の言葉には強引さはひとつもない。
求められることも、縋られることもない。
まるで、“触れないことで守ってる”と言わんばかりに。

(……やっぱり今日も、帰すんだ)

観覧車の中で一度だけ交わしたキス――
それ以来、彼はキス以上のことをしてこない。

それが何を意味するのか、
紬にははっきりとはわからなかったけれど、
恋愛経験がないなりに、なんとなく察していた。

(私が怖いのかな、拒まれるって思ってるのかな……)

違う。そうじゃない。
触れられることは怖くない。
むしろ、彼のそばにいることが、こんなにも安心をくれるのに。

言葉にしようと喉が動く。
けれど、声にならない。

(……言えない。どうすればいいかわからない)

どうしたらこの人にちゃんと伝わるんだろう。
“触れられたい”ということじゃなくて、“遠ざけないで”という想いが。

隣にいるのに、少し遠い。
その距離の分だけ、胸がきゅっと締めつけられていた。
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