孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
隼人は、シャワールームへ向かっていく紬の背中を黙って見送っていた。

先ほどのやり取りを思い返すと、思わず口元が緩む。

――「抱っこしてもらいたい」

そう言ったあのときの紬の顔。
言葉を選びきれなかった必死の表情が、隼人の胸にやさしく残っている。

まさか、あの紬が。
あまりそういうことを求めてくるタイプじゃないと思っていた。

どこか抑えていて、遠慮していて、自分の欲を言葉にするのが苦手で――
でも今日、勇気を振り絞って踏み出したその一歩が、彼には嬉しかった。

思えば、自分もそうだった。

弁護士という仕事のせいだと決めつけていたけれど、感情を顔に出さないことに慣れすぎていた。

気持ちが揺れても、動揺しても、真顔のまま処理する癖が、いつのまにか染みついていた。

でも、もう――
もう、その必要はないのかもしれない。

紬が自分に心を開いてくれたように、自分もまた、鎧を一枚ずつ脱いでいける。
この子となら、そう思えるようになった。

これまでの自分の態度を、振り返る。
彼女の言葉を奪わないように、心が疲れないように、じわじわと時間をかけて、距離を縮めてきた。

あの子を、もう傷つけはしない――
そう客観的に、自分に言い聞かせるでもなく、自然と確信していた。

人を大切にするということ。
愛するということ。
それがどういうことなのか、隼人はまだうまく言葉にできない。

けれど、その一端に、今、手がかかっている。
その実感が、胸の奥で静かに灯り続けていた。
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