孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
片山は、自席で黙々と資料に目を通しながらも、視線の端で紬の様子を気にしていた。

紬は封筒を開いてから、ずっと手紙を読み続けていた。

時折、指先でそっと目元を拭うその姿に、片山は何か感じ取ったようだった。

しばらくして、紬はゆっくりと席を立ち、手紙を手に片山のデスクへ向かう。

「片山さん、この手紙……事故対応課のみんなで共有してもいいでしょうか?」

片山は一瞬目を細めたあと、優しく頷いた。
「もちろん構わないよ。俺も、読んでいいか?」

「はい」

手渡された便箋を丁寧に開くと、片山は静かに目を通し始めた。
読み進めるうちに、彼の表情が少しずつ変わっていく。
やがて深くうなずき、椅子から立ち上がった。

「みんな、ちょっと手を止めてくれ」

その声に、事故対応課の面々が顔を上げ、各自の席で作業を止める。

「成瀬宛てに、被害者のお母さんから手紙が届いた。……順番に読んでみてほしい」

一枚の手紙が回されるたび、空気が少しずつ変わっていった。
静寂のなかで便箋を読み進める数分間、誰も言葉を発さなかったが、皆の目に宿る光が確かに揺れていた。

悲しみ、痛み、そして確かな誇り。
そういうものが、静かにオフィスの空気に沁み渡っていった。

手紙が一周した頃、紬は一歩前に出て、落ち着いた声で話し始めた。

「この件は、主に私が担当していましたが、実際には皆さんの支えがあってこそ、無事に対応できたものです。
お母様の気持ちが、ほんの少しでも軽くなったのだとしたら、それはここにいる皆さんのおかげです」

言葉を選びながら、けれど確かな思いを込めて紬は続ける。

「私たちの仕事は、時に誤解されたり、心ない言葉をかけられることもあります。
けれど今日、この手紙が証明してくれました。――私たちは、確かに誰かの人生を支え、救っているんです」

誰かが、静かに鼻をすすった。
誰も声をあげなかったが、その場にいた全員の胸に、紬の言葉と北村聖子の手紙は、確かに届いていた。
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