孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
一条との応酬に完全に押し負けた大橋は、ふてくされたようにソファにもたれかかったまま、目線を紬に向けた。

「でさ、こっちは何度も連絡入れてんのに、返事ひとつまともに返ってこねぇのはなんで? あんたの対応、遅すぎんだよ。保険会社ってそんなもんなのか?」

その目には、冷たい嘲りがあった。
紬は、精一杯の平静を装いながら答えた。

「その……確認事項が複数あったため、社内でも共有のうえで——」

「は? だからそれが遅ぇっつってんだろうが!」
言葉を遮るように、声を荒げる大橋。

「てめぇ、仕事ナメてんのか? 書類の説明も前と内容違ってんだよ、こっちは何回も説明聞いてんのに、いちいち変わりすぎてワケわかんねぇよ。こっちの時間、無駄にしてんだぞ?」

明らかに理不尽な言いがかりだった。だが紬は、何も言い返せなかった。

「……申し訳ございません。社内で確認のうえ、対応を——」
声が震えた。
喉の奥がつまる感覚。
目の前の男の気迫に、体の芯が冷えていく。

それに気づいたのか、大橋の顔に薄ら笑いが浮かんだ。
「なんだよ、その声。ビビってんのか? ああ? 俺にビビって仕事してんのか?」

「そ、そんなことは——」
「チッ、話になんねぇな。保険屋なんてどいつもこいつもマニュアル人間かよ!」

吐き捨てるように言いながら、大橋は立ち上がった。

その動きに、紬はびくっと肩を揺らした。

「言っとくけどなぁ、こっちは被害者なんだよ? そっちが保険者って立場だからって、舐めた態度取ってんじゃねえぞ?」

そう言いながら、机を回り込み、紬にじり寄ってくる大橋。

紬はとっさに立ち上がることもできず、椅子の背に手をかけ、視線を逸らすようにうつむいた。

心臓が、激しく早鐘を打っていた。

一方で、一条はその様子を黙って見ていた。
助け船を出すわけでも、割って入るでもなく、ただその鋭い視線で事の成り行きを見つめていた。

(なんで……なんで助けてくれないの……)

紬の胸の中に、恐怖と困惑と、言いようのない孤独が広がっていく。
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