孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
10月下旬の夕暮れ。

街路樹の葉がゆっくりと色づき始めた並木道を、紬は一人歩いていた。
会社帰り、本来なら電車に乗るはずの駅を通り過ぎ、なんとなく、ただ歩きたい気分だった。

空気はすっかり秋の匂いに変わり、吐く息が少し白く見えた。
街灯が灯りはじめる頃、足元に落ちた一枚の赤い葉を見つめながら、紬はふと自分の心に問いかけた。

(命と向き合う覚悟、か……)

静かに、心の中に浮かんだ言葉が胸をよぎる。

(私に……そんな覚悟、本当にあったのかな)

あの日、手紙を読みながら自分の仕事が誰かの支えになっていたと実感した。
だけど、隼人のように、深い傷を抱えている人の“影”に触れるのは、やはり怖かった。

簡単に寄り添えるものではなかったし、下手に触れれば、自分の中にも何かが入り込んでくるような気がしていた。

(でも……)

少しだけ歩調が緩む。

(あの夜、隼人くんが涙をこぼしたとき、私の中の何かが変わった)

彼が見てきた、誰にも話せなかった過去。
抱えてきた痛みと孤独。
それでも、紬は逃げなかった。
彼のそばにいようと、決めた。

(私にできることがどれだけあるかはわからない。でも――)

街角で、小さなパン屋の灯りが温かく漏れていた。
紬はそれを横目に、少し微笑んだ。

(何があっても、離れない。彼の痛みを、一緒に抱えて生きていく。私はそう、決めたんだ)

冷えた風が頬を撫でた。だけど、胸の奥には静かな熱があった。
歩く先に見える夕暮れの光が、ほんのりと希望のように揺れていた。
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