孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
浴衣の帯をぎゅっと結び直し、紬は少し頬を染めながら食事処に現れた。
昨夜のことを思い出すだけで、胸の奥がくすぐったくなる。

一方の隼人はというと――
何事もなかったような顔をしていたが、
その視線は始終、紬に向けられていた。

「座って。ほら、こっち」

彼の隣にちょこんと座らされ、
目の前には色とりどりの和朝食が丁寧に並んでいた。

「美味しそう……」

紬が呟くと、隼人が箸を取って、焼き魚をひょいとつまむ。

「はい、あーん」

「えっ、自分で食べるよ……!」

慌てて手を伸ばすが、隼人の腕のほうが早かった。
口元に運ばれた魚のひと口。
観念してぱくりと食べると、想像以上に美味しくて目を丸くした。

「……おいしい」

「だろ? 紬、もっと食べないと体力もたない」

「……昨日の張本人がよく言う」

ぽつりとこぼすと、隼人が肩を揺らして笑った。

「そうやって可愛いこと言うから、また構いたくなる」

「だめ、朝はまじめに食べるって約束」

むくれ顔の紬に、隼人はお椀の味噌汁を手渡して「はい、次」とにっこり。

その笑顔があまりに優しくて、怒るどころか、むしろ照れてしまう。

「……もう、ほんとに甘やかし上手なんだから」

そう言いながらも、紬は隼人の小鉢から卵焼きをつまみ返す。

「それ俺の。食べられると寂しい」

「うそ。顔、全然寂しそうじゃない」

「紬が楽しそうだから、つい顔がゆるんでるだけ」

言葉の端々に愛情があふれていて、
食卓の上には、温かくて柔らかな空気が流れていた。

外の風景は静かで、旅館の朝はゆっくりと始まっている。

けれど、この小さなテーブルの上には――
ふたりだけの甘い世界が確かに存在していた。
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