孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
荷物をまとめ、浴衣から私服に着替えた紬が、
畳の上に座って小さく息をついたとき――

背後から、そっと隼人の気配が近づいた。

「……名残惜しいね」

ぽつりとつぶやいた声が、耳元にかかる。

紬が振り返るより先に、彼の腕が背中から優しく包み込んだ。
静かに、でもしっかりと――まるでこのぬくもりごと記憶に刻もうとするように。

「……もう行かないと」

紬が言うと、隼人はその髪にそっと唇を寄せた。
ただ触れるだけの、やさしいキス。

けれど、その一瞬に宿る想いの深さが、胸を締めつける。

「最後に……ちゃんとキス、してもいい?」

低く囁かれた声に、紬は黙って頷いた。

顔を上げると、隼人がゆっくりと顔を近づける。

唇が重なる、その直前――
目が合った。
たった一秒、でも永遠みたいに感じられた。

そしてそっと、深く、柔らかくキスが落ちる。

音も、言葉もいらなかった。

ただ互いのぬくもりだけが、しずかに確かめ合うように重なっていた。

「……また、来よう。ふたりで」

そう囁いた隼人の声が、キスの余韻をふわりと撫でる。

紬は何も言わずに、うなずいた。
胸いっぱいに、彼の存在を感じながら――

ふたりの旅は、名残を引きつつも、
次へと続いていく予感に満ちていた。
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