孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「……成瀬さんは、あなたの感情のはけ口ではありません。不適切な行動は、慎んでいただきたい」

一条の声は低く、しかし有無を言わせぬ鋭さを帯びていた。
重ねて発されたその言葉は、空気を一変させた。

大橋の動きが、ぴたりと止まる。
彼の顔に、苛立ちと困惑、そしてわずかな恐れが同時に浮かぶのが見て取れた。

「は……? いや、でも、俺は——」

「これ以上、声を荒げるようであれば、正式に対応を考えさせていただきます」

その一言で、大橋は何か言いかけたまま、口をつぐんだ。
肩をいからせているが、明らかに矛先を失っていた。

そのやり取りを、紬はソファの背にもたれかかりながら、ぼんやりと見つめていた。

一条の声が、また少し遠くなる。

(どうして、今……眠い?)

意識がふわりと浮く。
まぶたが重い。

肩から背中にかけて、ずしりと鉛のような疲労が落ちてくる。
頭がぐらりと揺れて、はっと目を開けた。

(ダメ……寝ちゃ……)

それでも、目の前の世界は、まるで水の底に沈むように、ゆっくりと色と輪郭を失っていった。
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