孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
一条にけん制された大橋は、舌打ち混じりに乱暴な手つきで書類を机の上から掴み取ると、椅子を引きずるように立ち上がった。

「……もういい。こんなもん、さっさと終わらせろよ」

吐き捨てるように言い残し、ふてくされた足取りで応接室を出ていった。
ドアがばたんと閉まる音が、部屋に重たく響く。

一条は動かず、そのまま無言で視線を横に移す。
ソファに沈むようにして座る成瀬紬の姿が、目に入った。

(泣いてるか?)

顔を伏せたまま、微動だにしない。
だが、嗚咽も、震えも聞こえない。
ただ肩がわずかに上下しているだけだった。

慰めるような優しい言葉をかける気にはなれなかった。
一条はふっと小さく息を吐くと、無言のまま机に残された自分の書類を手際よくまとめる。

(……なんだ、この静かすぎる感じは)

ふと、違和感を覚える。

一条は書類から目を離し、改めて紬に視線を向けた。
先ほどから、彼女はピクリとも動いていない。

「……成瀬さん?」

感情を極力込めず、静かな声で呼びかけてみる。

反応はない。

(まさか……)

さすがに異常を感じた一条は、立ち上がると、紬の目の前にしゃがみ込み、正面からその顔をのぞき込んだ。

その顔は、青白く、目は半ば閉じかけている。焦点が合っていない。

「成瀬さん」

もう一度、名前を呼ぶ。

それでも応えは返ってこなかった。

一条は、ごく軽く、紬の肩に手を伸ばし、トントンと叩いた。

その体は、思った以上にぐったりとしていて、一条はようやく事の深刻さに気づいた。
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