孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
柔らかく整えられた高級ホテルのベッドの中で、シーツがわずかに揺れる。

莉子は、一条の胸元に顔をうずめながら、指先で無意味に彼の鎖骨のあたりをなぞる。
「……ねえ、隼人。誰のこと、考えてるの?」

一条は答えなかった。
無言は肯定にも否定にもならない。
けれど莉子には、それが十分すぎる答えだった。

「こんなときくらい……私のことだけ、見ててほしいのに」

ぽつりとこぼした声には、笑いが混じっていた。
強がりと諦めの入り混じった、大人の女の軽いジョーク。

「――まあ、隼人が誰かに本気で惚れるなんて、ありえないか」

笑いながらも、莉子の目はどこか乾いていた。
一条の視線を避けるように、彼の胸に額を当てたまま、数秒だけ黙っていた。

そのあと、すっと体を起こし、ベッドから降りる。
裸の背中を晒したまま、何も言わずシャワールームへと向かい、そのまま扉の向こうに姿を消した。

浴室の扉が閉まったと同時に、一条は天井をぼんやりと見上げた。
その視線の先には、何もない。

ただ、紬が気を失って倒れたあの瞬間だけが、しつこく脳裏に焼きついていた。
どれだけ、こうして別の女と夜を過ごしても――
あの“無理して微笑んでいた女”の姿が、どうしても消えなかった。
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