孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
シャワーの水音に紛れて、莉子は壁に手をついたまま、俯いた。
熱い湯が肌を伝って流れていくのに、どうしても胸の奥の冷たさだけは消えない。

(なんども……あの人の欲を満たすために、すべてを捧げてきたのに)

一条隼人という男が冷たい人間だということは、最初からわかっていた。
誰にも心を明け渡さない、無関心を装って、女の気配には敏感なくせに、決して本気を見せない男。

でも――
(いつか、振り向いてもらえると思ってた)

身体を許し、彼の好みに合わせ、笑って、媚びて。
そうやって少しずつ、心の距離が縮まっていくと信じていた。
そうじゃなきゃ、あんなふうに何度も抱かれるたび、自分が壊れていくような虚しさに、耐えられるはずがなかった。

(でも――昨夜も彼は、上の空だった)

すぐにわかった。
あの人の目は、自分を見ていなかった。
ふとした仕草や吐息の合間に、誰か別の女が頭に浮かんでいることを、女の直感ははっきりと感じ取ってしまった。

(行為中に、別の人のことを考えてる男の相手をさせられる女の気持ち……わかる?)

唇を、きつく噛んだ。
自分の心が、ひとつの期待とともに崩れていく音がした。

何度もそうしてきた。
何度も耐えてきた。
けれど今夜は、どうしようもなく悔しかった。

莉子は震える手をぎゅっと握りしめたまま、シャワーの水にまぎれて、そっと涙を流した。

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