孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
帰社後、紬は無言でデスクに戻り、キーボードを打つ手を止めることなく仕事を続けた。
唇を、何度も、何度も、ぎゅっと噛みしめながら。

片山さんもあかりも、数回は様子を見に来てくれた。

「大丈夫だった? 雰囲気、悪くなかった?」
「無理しなくていいんだよ?」

けれど紬は、いつもと変わらぬ口調で答えた。

「はい、滞りなく進みました。ご心配ありがとうございます」

言葉はスムーズでも、声に表情がなかった。
きっと笑顔のつもりで浮かべた顔は、ゆがんだ何かになっていたと思う。

でも、他にできる顔なんてなかった。

この唇から力を抜いたら――たぶん私は、泣いてしまう。
そんな気がして、必死に口元を閉ざしていた。

静かなオフィスで響くのは、キーボードの音と、エアコンの機械音だけ。
なのに、胸の中では嵐が吹き荒れているようだった。

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