孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
会社のエントランスを出た瞬間、堪えていたものが決壊した。
頬を伝った最初の涙は、いつ出たのかもわからなかった。

ひとけの少ない通りを、俯いたまま歩いた。
電車の中でもずっと、涙が滲んで視界が曇っていた。

家のドアを閉めた瞬間、身体がふらつくように力が抜けて、そのまま靴も脱がずに床に崩れ落ちた。
苦しい。
何がそんなに苦しいのか、自分でもわからなかった。

どうにかしてベッドまでたどり着くと、毛布を引き寄せ、顔をうずめて、声もなく泣いた。
喉が詰まるほど涙が出て、息を吸うたびに嗚咽が漏れる。

失恋なんて、したこともないのに。
付き合ってすらいないのに、浮気されたわけでも、何かを約束されたわけでもないのに。

ただ、ほんの少しの優しさが――ただの業務上の誘いが。
自分の中では、光のように思えてしまっていたのだ。

「私、なにやってんの……」

自嘲気味に呟いた言葉は、嗚咽にかき消された。
こんなに涙が出るなんて。
こんなに傷つくなんて。
自分が、こんなに恋愛経験がなかったことを、初めて悔しいと思った。

きっと、思い上がってた。
きっと、ただ期待して――勝手に裏切られたような気持ちになってるだけ。

けれど、どうしても止められなかった。

泣いても泣いても、まだ胸が苦しいままだった。
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