孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
スマートフォンの画面が震えた。
着信表示には「松井 あかり」。
紬は一瞬ためらったが、深呼吸をして通話ボタンを押した。

「……もしもし」

「紬? ねえ、大丈夫? 今日のあんた、全然大丈夫な顔じゃなかったから……」

紬は一瞬声を詰まらせたあと、なんとかいつも通りの調子を装う。

「うん、大丈夫。ちょっと、疲れてただけ……かも」

けれど、その声はいつもより明らかに高く、震えていた。

「ほんとに? 嘘ついてない? なんかあったでしょ? 法律事務所行ってから様子おかしかったし。一条になんか言われたの?」

あかりの声は、心配と怒りの入り混じったトーンだった。
紬は、それに対して言葉を選ぼうとしたけれど――口を開いた瞬間、息が詰まり、喉がぎゅっと締めつけられた。

「……っ……」

声にならない。
ただ、嗚咽だけが漏れた。
涙が、また堰を切ったようにあふれ、スマホのスピーカーにポタリと落ちた。

「紬……?」

あかりの声が、遠く聞こえた。
でも、優しかった。

言葉が、どうしても出てこなかった。
たったひと言、「ごめん」と言うのが精一杯だった。

その声を聞いて、あかりはすべてを察したように、ため息混じりに静かに言った。

「……うん、いいよ。泣きたかったら、泣いて。あんた、今までずっと、強がってばっかだったじゃん」

スマホを頬に押し当てたまま、紬は声もなく泣き続けた。
電話の向こうからは、何も言わずに、ただ一緒にいてくれるあかりの静かな呼吸だけが聞こえていた。
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