孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「紬、今からそっち行ってもいい?」

突然の言葉に、紬は一瞬きょとんとした。

「え?」

「歩いて5分でしょ、うちから。こうやって電話してるより、顔見て話したほうが早いでしょ。お茶くらい淹れてよ」

その冗談めかした口ぶりに、紬は思わず笑ってしまった。
涙でぐちゃぐちゃの顔なのに、声だけはかすかに明るさを取り戻していた。

「……うん、いいよ」

「じゃ、すぐ行くから」

10分も経たず、インターホンが鳴った。
ドアを開けると、あかりがジャージの上にゆるいコートを羽織った姿で立っていた。
手にはコンビニの袋。中には温かいお茶と、カップスープと、チョコレートが入っていた。

「とりあえず、これでも飲みな。泣きすぎて体冷えてるでしょ」

「……ありがとう」

ソファに並んで座ると、あかりは一息ついてから、紬の横顔を見た。

「……思い、伝えた方がいいよ」

「え?」

「期待してたってことは、少しでも好きって気持ちがあったんでしょ?だったら……なかったことにするより、伝えてスッキリした方がいいと思う。結果なんてどうでもいいの。自分の心が、自分を納得させられるかどうかが大事だよ」

紬は、持っていたカップをぎゅっと握った。

「……怖いよ。自分の気持ち伝えて、もし笑われたり、迷惑がられたりしたら……」

「そんなこと、するような人だったら、最初から紬は好きになってないよ。そうでしょ?」

その言葉が、まるで胸の奥にそっと手を差し伸べてくれるようだった。

「……何でも、相談してほしいの。紬が落ち込んでると、私、普通に心配だし……なんかさ、見てられないよ」

紬は、やっと小さく笑った。

「……うん。ありがとう、あかり」

「いいってば。なんなら、一緒にその一条ってやつ殴りに行こっか」

「やめてよ、冗談でも」

部屋の中に、かすかな笑いが戻った。
夜は少し冷たいけれど、心の奥にほんの少し、温かいものがともった気がした。
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