孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
莉子の手が、自分の頬を撫でる。
そのまま、ゆっくりと唇に触れてきた。

キスは甘く、執拗だった。
何度も求めてくるその口づけに、隼人は応じた。だが、そこに熱はなかった。
彼女の身体に触れながらも、自分はどこか遠くにいるような感覚。

何をしているんだ。
何のために、またここに来た?

罪悪感の、帳消しのつもりだったのか。
あるいは、莉子の「必要としてる」という言葉に縋っただけなのか。

莉子の指が、彼の首筋をなぞる。
彼の手を導き、自らの身体に触れさせる。
「ねぇ……お願い、触れて」

熱を帯びたその声に、隼人は本能的に応じるが、それ以上はしない。
受け身のまま、ただベッドに横たわっていた。

しばらくして、莉子の身体がふっと離れる。

「ねえ、なんなの?ほんとムカつくんだけど」

その怒りに、隼人はただ目を閉じ、額に手をやった。
重たい疲労が肩にのしかかる。

「……ごめん、莉子」

心にもない謝罪を絞り出す。
だが、莉子は怒りを隠さず、再び隼人の頬に手を添え――

「もっと名前、呼んで?」
媚びた声が、耳にまとわりつく。

さらに口づけようとする莉子の顔を、隼人はそっと肩で制した。

「莉子……もう、やめよう」

言った瞬間、強い衝撃が頬を打った。
音すら乾いた、平手打ち。

「どんだけ自分勝手なの。私はどれだけ、あんたのために……」

「――頼んでないだろ」

言葉が落ちた瞬間、自分でもその冷たさに背中がゾッとした。
莉子の瞳が、鋭く細まる。

「ああ、そう……そうよ。あなたはただのセフレですものね」
吐き捨てるような声。
「人をまともに見ることもできない、ただのはけ口にしかできない男。
一生“そういう人”でしかないわ、私みたいにね」

莉子の言葉は容赦がなかった。
けれど、それは彼の胸の奥の「一番見られたくない部分」にまっすぐ突き刺さった。

「あなたも同じよ。親にすらちゃんと愛されてこなかったから、愛し方なんて知らないのよ。
偽物の愛で心の隙間を埋めて、それで満たされた気になって……本当に欲しいものは、永遠に手に入らない」

莉子の瞳は涙に濡れていた。
怒りと、痛みと、哀れみに満ちた目。

「似た者同士で、分かり合えると思った。でも違ったわ。あなたも、私も、結局――愛を知らない」

部屋に沈黙が落ちた。

莉子は無言で散らばった下着を拾い、服を着ると、最後に隼人を一瞥した。
その目は、すでに彼を見ていなかった。

扉に手をかけ、ひと呼吸置いた後、短くこう言い残した。

「さようなら」

そして、音もなく去っていった。
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