孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
月島総合法律事務所は、ガラス張りのビルの10階。
受付を済ませると、事務員に案内され応接室に通された。

まもなくして、ノックもなしに扉が開いた。

「成瀬さんですか」

無機質な声と共に現れた男は、すらりとしたスーツ姿で、端正すぎる顔立ちをしていた。

一瞬、モデルか俳優かと見まごうほど整っているのに、その目には一切の感情がない。

目が合った瞬間、紬の背筋がぴんと伸びた。

「……あ、はい。あの、こちらが先日お送りした書類の原本です。念のためお持ちしました」

差し出したファイルを、一条はちらりとも目を合わせず、指先だけで受け取った。

「ご苦労さまです。内容はすでに確認済みですので」

それだけ言うと、無言でファイルをデスクに置き、すぐに背を向けた。

(あれ……もう終わり?)

紬は何か言い添えるべきかと迷ったが、彼はもうモニターに向かい、メールの返信を始めていた。
まるで紬がそこに存在しないかのように。

「……失礼します」

頭を下げると、彼は視線を寄越すこともせず、「はい」とだけ応じた。

エレベーターに乗り込んだ紬は、胸の奥が妙にザワついているのを感じていた。

(予想以上に冷たい……というか、あれは“興味がない”って顔。人に、特に女性に)

妙に整った顔立ちなのに、まるでその外見の価値を自覚していないような、あるいは意図的に拒絶しているような印象さえあった。

“無関心”という言葉が、彼のすべてを物語っているようだった。
< 5 / 211 >

この作品をシェア

pagetop