孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
「あれ、なんだよ。よそよそしいな。俺たちの仲だろ?」

岩崎が一歩、距離を詰めてきた。
紬は無意識に半歩、後ずさる。だが、すぐに壁が背中に触れた。

次の瞬間、岩崎は顔を寄せ、吐息の混じった声で囁いた。

「今夜、空いてる? 久しぶりに……いろいろ話したいよな」

耳元にかかるその声が、過去のすべての嫌悪感を引き戻す。
鳥肌が一気に背中から腕、太ももにまで走り抜ける。
胃の奥がひっくり返りそうになりながら、紬は震える指先を必死に握りしめた。

「……やめてください」

きっぱりと、はっきりと。
それでも自分の声が微かに震えていたのを、紬は自覚していた。

岩崎は笑った。「相変わらず、素直じゃないな」

その軽い笑みに、心臓の鼓動が強く、乱れる。けれども、紬は視線を逸らさず、くるりと背を向けた。

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