孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
その日の午後。
思わぬ形で紬に更なる苦痛が降りかかる。
社内の交通事故関連案件に関し、
取引先である月島総合法律事務所との協議が急きょ入り、
社内で対応できる損保側担当者が紬しかいなかった。
案件の主担当である岩崎が同行し、
代理店を通じて確認中の契約内容と損害賠償額の再見積もりに関する資料を、
事務所で直接精査する必要があるという。
「成瀬さん、悪いね。さっきの件、俺の車で行こうか?もう会社に戻ってる時間ないし」
逃げ場のない言い訳に、紬は一瞬黙り込む。だが、拒否できる空気ではなかった。
業務命令とは言わずとも、暗黙の「行くしかない」圧力。
「……わかりました。準備してきます」
紬は自分の声が、自分のものじゃないように感じた。
社用車に乗り込む。
助手席のドアを閉める音が、やけに大きく響く。
「前に乗ったことあったな、この道。あのときも雨だったっけ?」
岩崎はハンドルを握りながら、意味ありげなことを口にする。
紬は無言で窓の外を見つめた。
自分の手が、ハンドバッグの上で固く握られているのを見つけ、そっとほどいた。
彼女の視線の先には、連なる首都高の高架、ビルの谷間に差し込む夕日、そして、もう二度と戻らないと思っていた過去。
月島総合法律事務所が近づくにつれて、胸の奥の圧迫感は強くなっていった。
けれど――
(私は、もう、あの頃とは違う)
そう心の中で小さくつぶやいた。
あの日、笑ってやり過ごした自分に戻るつもりはなかった。
思わぬ形で紬に更なる苦痛が降りかかる。
社内の交通事故関連案件に関し、
取引先である月島総合法律事務所との協議が急きょ入り、
社内で対応できる損保側担当者が紬しかいなかった。
案件の主担当である岩崎が同行し、
代理店を通じて確認中の契約内容と損害賠償額の再見積もりに関する資料を、
事務所で直接精査する必要があるという。
「成瀬さん、悪いね。さっきの件、俺の車で行こうか?もう会社に戻ってる時間ないし」
逃げ場のない言い訳に、紬は一瞬黙り込む。だが、拒否できる空気ではなかった。
業務命令とは言わずとも、暗黙の「行くしかない」圧力。
「……わかりました。準備してきます」
紬は自分の声が、自分のものじゃないように感じた。
社用車に乗り込む。
助手席のドアを閉める音が、やけに大きく響く。
「前に乗ったことあったな、この道。あのときも雨だったっけ?」
岩崎はハンドルを握りながら、意味ありげなことを口にする。
紬は無言で窓の外を見つめた。
自分の手が、ハンドバッグの上で固く握られているのを見つけ、そっとほどいた。
彼女の視線の先には、連なる首都高の高架、ビルの谷間に差し込む夕日、そして、もう二度と戻らないと思っていた過去。
月島総合法律事務所が近づくにつれて、胸の奥の圧迫感は強くなっていった。
けれど――
(私は、もう、あの頃とは違う)
そう心の中で小さくつぶやいた。
あの日、笑ってやり過ごした自分に戻るつもりはなかった。