孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
昼過ぎの月島総合法律事務所は、ほどよく静まり返っていた。
一条はデスクの前で、届いたばかりの契約関連書類に目を通していた。
誰かの足音が近づいてきたことには気づいていたが、顔は上げなかった。
すでにこの時間に来る相手はわかっていたし、必要以上のやりとりなど、したくもない。
「こちらが、先日送付した――」
女の声。
わずかに怯えたような気配を感じて、一条は無言で手を差し出した。
書類を受け取ると、それきり目も合わせずに視線を戻す。
「ありがとうございました……」
声はか細く、消え入るようだった。
やがて足音が遠ざかっていくのを確認してから、一条はふっと小さく息を吐いた。
(また、変に気を持たせたら厄介だ)
ああいう気の弱そうなタイプは、特に危ない。
勝手にこちらのちょっとした態度に意味を見出し、勝手に期待し、勝手に傷つく。
――もうこりごりだった。
一条は、自分が女にモテるタイプだということを自覚している。
弁護士という肩書、整った顔立ち、必要最低限の礼儀と知性。
「付き合ってほしい」と言われた回数は数え切れないし、正直、選ぼうと思えばいくらでも選べた。
けれど、そんな時期はもう終わった。
数年前、当時つきあっていた女と別れ話をしたときのことが、いまだに脳裏に焼きついている。
「忙しいから無理だ」と言っただけだった。
だが相手は、すがりつくように「別れたくない」と泣き、何度も電話をかけてきて、最後には睡眠薬を飲んで救急搬送された。
“私のことを捨てないで”――そう書かれたLINEの通知が、未だに記憶に残っている。
あの一件以来、一条は誰とも付き合わないと決めた。
恋愛に癒しや安らぎを求める人間がいることは知っている。
けれど、自分にはそういう感情はない。
(一時の快楽のために、人生を乱されるなんて馬鹿げてる)
それでも、女は寄ってくる。
目を見て話すだけで、笑いかけるだけで、“特別”だと思い込む。
だから一条は、徹底的に冷たくした。
興味がない。期待するな。そう態度で示すようになった。
ただの抑止力だ。自分の生活を守るための壁。
彼にとって“感情”は、交渉において使う武器であり、私生活には持ち込みたくない負荷だった。
一条は目の前の資料に視線を戻すと、淡々と処理を続けた。
そこに、余計な情はいらない。
一条はデスクの前で、届いたばかりの契約関連書類に目を通していた。
誰かの足音が近づいてきたことには気づいていたが、顔は上げなかった。
すでにこの時間に来る相手はわかっていたし、必要以上のやりとりなど、したくもない。
「こちらが、先日送付した――」
女の声。
わずかに怯えたような気配を感じて、一条は無言で手を差し出した。
書類を受け取ると、それきり目も合わせずに視線を戻す。
「ありがとうございました……」
声はか細く、消え入るようだった。
やがて足音が遠ざかっていくのを確認してから、一条はふっと小さく息を吐いた。
(また、変に気を持たせたら厄介だ)
ああいう気の弱そうなタイプは、特に危ない。
勝手にこちらのちょっとした態度に意味を見出し、勝手に期待し、勝手に傷つく。
――もうこりごりだった。
一条は、自分が女にモテるタイプだということを自覚している。
弁護士という肩書、整った顔立ち、必要最低限の礼儀と知性。
「付き合ってほしい」と言われた回数は数え切れないし、正直、選ぼうと思えばいくらでも選べた。
けれど、そんな時期はもう終わった。
数年前、当時つきあっていた女と別れ話をしたときのことが、いまだに脳裏に焼きついている。
「忙しいから無理だ」と言っただけだった。
だが相手は、すがりつくように「別れたくない」と泣き、何度も電話をかけてきて、最後には睡眠薬を飲んで救急搬送された。
“私のことを捨てないで”――そう書かれたLINEの通知が、未だに記憶に残っている。
あの一件以来、一条は誰とも付き合わないと決めた。
恋愛に癒しや安らぎを求める人間がいることは知っている。
けれど、自分にはそういう感情はない。
(一時の快楽のために、人生を乱されるなんて馬鹿げてる)
それでも、女は寄ってくる。
目を見て話すだけで、笑いかけるだけで、“特別”だと思い込む。
だから一条は、徹底的に冷たくした。
興味がない。期待するな。そう態度で示すようになった。
ただの抑止力だ。自分の生活を守るための壁。
彼にとって“感情”は、交渉において使う武器であり、私生活には持ち込みたくない負荷だった。
一条は目の前の資料に視線を戻すと、淡々と処理を続けた。
そこに、余計な情はいらない。