孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
午後三時過ぎ。
成瀬紬は、クリアファイルにまとめた資料を抱えて、月島総合法律事務所のエントランスに立っていた。
「成瀬様ですね。一条は会議室におりますので、こちらへどうぞ」
秘書の女性に案内され、落ち着いた木目調の小会議室に通される。
一条隼人はすでに中におり、ジャケットを脱いだ状態でタブレット端末に視線を落としていたが、紬の姿を見てすぐに立ち上がった。
「お忙しい中、ありがとうございます。遠いところすみません」
「こちらこそ、急に押しかけてすみません。一度直接お話ししたほうがと思って」
軽く頭を下げ合い、二人は向かい合ってテーブルに着いた。
「加害者側の対応、進展ありましたか?」
「まだ弁護士は付いていません。
逮捕後も供述は一貫しておらず、“飲んだ量は少ない”という言い訳に終始しているようです。
事故の瞬間を目撃した母親の証言と、周辺監視カメラの映像が決定的になりそうです」
「こちらはすでに、保険会社としての対応範囲を確認しています。
加害者側に過失割合を争う余地はない。
示談には応じず、あくまで裁判を前提に話を進めると、上とも共有済みです」
一条は、少しうなずきながら言った。
「それを聞いて安心しました。
今回、母親の精神的負担も大きく、これ以上無責任な交渉に晒すことは避けたいと思っています。
なるべく、彼女が前に進めるよう、私たちで道をつくっていきたい」
紬は資料を一枚ずつ差し出しながら補足した。
「事故当日の実況見分調書、彼女の診断書、加害者の飲酒量を示す検査数値、
それから、保険契約の詳細……自賠責、任意保険ともに満額支払いの見込みです。
ただ、死亡したお子さんには契約上の補償枠が狭くて」
「つまり、慰謝料や逸失利益については、保険とは別に請求する必要があると」
「ええ。刑事に加えて、民事で争う必要があります。精神的損害も含めて、こちらとしては全力でバックアップします」
二人のやり取りは、終始淡々としていたが、空気には張り詰めた真剣さがあった。
命が失われたという重みを、互いにきちんと受け止めているからこそ、言葉を慎重に選び、矢継ぎ早な結論には飛びつかなかった。
「……ありがとう。成瀬さんと組めてよかった」
そう言った一条の声に、紬は少し驚いたように目を上げた。
「私も、一条さんが担当でよかったです。ちゃんと遺族の気持ちを考えてくれる方だから」
一瞬、目が合い、お互いの視線が揺れた。
だがそれはすぐに、案件の重みによって押し流され、また資料に向き直る。
「……じゃあ、今後の連携スケジュールを詰めましょうか」
「はい、お願いします」
そして、成瀬紬と一条隼人は、遺族の未来のために、手を取り合って本格的な協力体制を築いていくことになった。
成瀬紬は、クリアファイルにまとめた資料を抱えて、月島総合法律事務所のエントランスに立っていた。
「成瀬様ですね。一条は会議室におりますので、こちらへどうぞ」
秘書の女性に案内され、落ち着いた木目調の小会議室に通される。
一条隼人はすでに中におり、ジャケットを脱いだ状態でタブレット端末に視線を落としていたが、紬の姿を見てすぐに立ち上がった。
「お忙しい中、ありがとうございます。遠いところすみません」
「こちらこそ、急に押しかけてすみません。一度直接お話ししたほうがと思って」
軽く頭を下げ合い、二人は向かい合ってテーブルに着いた。
「加害者側の対応、進展ありましたか?」
「まだ弁護士は付いていません。
逮捕後も供述は一貫しておらず、“飲んだ量は少ない”という言い訳に終始しているようです。
事故の瞬間を目撃した母親の証言と、周辺監視カメラの映像が決定的になりそうです」
「こちらはすでに、保険会社としての対応範囲を確認しています。
加害者側に過失割合を争う余地はない。
示談には応じず、あくまで裁判を前提に話を進めると、上とも共有済みです」
一条は、少しうなずきながら言った。
「それを聞いて安心しました。
今回、母親の精神的負担も大きく、これ以上無責任な交渉に晒すことは避けたいと思っています。
なるべく、彼女が前に進めるよう、私たちで道をつくっていきたい」
紬は資料を一枚ずつ差し出しながら補足した。
「事故当日の実況見分調書、彼女の診断書、加害者の飲酒量を示す検査数値、
それから、保険契約の詳細……自賠責、任意保険ともに満額支払いの見込みです。
ただ、死亡したお子さんには契約上の補償枠が狭くて」
「つまり、慰謝料や逸失利益については、保険とは別に請求する必要があると」
「ええ。刑事に加えて、民事で争う必要があります。精神的損害も含めて、こちらとしては全力でバックアップします」
二人のやり取りは、終始淡々としていたが、空気には張り詰めた真剣さがあった。
命が失われたという重みを、互いにきちんと受け止めているからこそ、言葉を慎重に選び、矢継ぎ早な結論には飛びつかなかった。
「……ありがとう。成瀬さんと組めてよかった」
そう言った一条の声に、紬は少し驚いたように目を上げた。
「私も、一条さんが担当でよかったです。ちゃんと遺族の気持ちを考えてくれる方だから」
一瞬、目が合い、お互いの視線が揺れた。
だがそれはすぐに、案件の重みによって押し流され、また資料に向き直る。
「……じゃあ、今後の連携スケジュールを詰めましょうか」
「はい、お願いします」
そして、成瀬紬と一条隼人は、遺族の未来のために、手を取り合って本格的な協力体制を築いていくことになった。