孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
面会証を胸元に付け、成瀬紬と一条隼人は都内の総合病院の病室を訪れた。
六人部屋の窓側ベッド。

仕切りカーテンの内側にいた女性は、足をギプスで吊り、顔色もまだ優れないが、視線だけは鋭く、どこか張りつめたものを感じさせた。

「……お忙しい中、すみません。保険会社の成瀬と申します。こちらは今回、法的な面でサポートさせていただく弁護士の一条です」

「……どうも。ご足労いただいて」

母親──北村聖子(きたむら せいこ)は、深く頭を下げようとして、体を引きつらせた。
紬がすぐに身を乗り出して、優しく制した。

「無理なさらないでください。私たちは、少しでも力になりたくて来ただけですから」

病室には淡い光が差し込んでいた。
だが、北村の表情は陰ったままだった。

「……私、ずっと考えてるんです。なんであんな時間に外に出たのか。
なぜ手を繋いでいたのか、なんで守れなかったのかって。
SNSでも、知らない人から“夜中に子どもと歩くなんておかしい”って。
自殺だったんじゃないかって──そんなことまで」

かすれた声だった。

「ほんとうは、ただ寝付けなくて……少し散歩でもしたら気が紛れるかと思って……。でも、そんなこと……言っても、ね……」

涙をこらえるように、彼女は目を閉じた。
ギプスの下から覗く足の指が、ぎゅっと震えていた。

紬は、手元のファイルをそっと閉じ、椅子から身を乗り出して、そっと言った。

「……私の友人にも小さな子どもがいます。夜泣きしたり、眠れなかったり、いろんなことがあります。

だから……一緒に夜道を歩いたって、責められるようなことじゃありません。

まして、それを自殺だなんて──そんな心無い言葉、聞く価値もありません」

北村の目が揺れ、涙がひとすじ、頬を伝った。

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