孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
面談を終えたあと、空気が張り詰めていた会議室を出た三人。
廊下に出ると、紬がバッグの中からスマホを取り出して時間を確認する。
午後6時を少し過ぎていた。

「西田くんは、今日はこのまま直帰でいいわ。報告書は明日の朝で」

「わかりました。今日はありがとうございました」

一礼して去っていく西田の背を見送ったあと、紬は少し迷いながらも、隣に立つ一条に声をかけた。

「……一条さん。このあと、お食事でもいかがですか?」

一条は、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかく微笑む。

「はい。ぜひ行きましょう」

ほっとしたように笑った紬は、
「じゃあ、ちょっと歩きますけど」と言いながら、スマホで予約状況を確認する。

「神楽坂にある『和食 鳴海』ってご存知ですか? 小料理屋っぽい雰囲気なんですけど、お魚がすごく美味しくて」

「いいですね。名前だけ聞いたことがあります」

二人は、静かな初夏の街を歩き始める。
並んで歩いてはいるが、どちらからともなく自然と一歩分、距離が空いている。

付きすぎず、離れすぎず──まるで、お互いの輪郭を壊さぬように歩幅を合わせていくようだった。

途中、通りすがりの老夫婦が手をつないで歩いていくのを見て、紬は少しだけ目を細めた。
一条は気づいていないふりをして、足元の影を見つめながら黙って歩いていた。
< 85 / 211 >

この作品をシェア

pagetop