孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
食後、ほうじ茶が運ばれてきて、ほっとする香りがふたりの間に漂った。
店内も客足が落ち着き、静けさが増していた。

一条は、湯呑みに指を添えながら、少し遠回しに口を開いた。

「成瀬さんって、平日の夜はこういうふうに食事されること、よくあるんですか?」

紬は、茶を一口すすってから小首を傾げた。

「いえ、あまり。家で簡単に済ませちゃうことが多いです」

「そうですか。じゃあ……誰かと食事に行くような方は?」

紬は一瞬考え込み、まじめな顔で答えた。

「……実家に帰ったときに父と、とか、友達とカフェに行ったりとかはありますけど……でもあの、父はお酒飲まないのでこういうお店は行かなくて」

一条は思わず吹き出しそうになり、肩を震わせながら笑った。

「……いえ、あの、すみません。そういうことではなくて」

「えっ? あ、すみません、何か変なこと言いました?」

紬は目を丸くして、頬を少し赤くした。

「いえ、僕が回りくどく言ったのが悪いんです。単に……今、お付き合いされてる方がいらっしゃるのか、って聞きたかっただけで」

「あっ……」

紬は、一拍置いてからゆっくりと答えた。

「いないです、そういう人。全然……」

するとまた頬がほんのり紅く染まり、紬はお茶の湯呑みで口元を隠した。

「ごめんなさい、全然そういう意図だって気づかなくて……」

「いえ、真面目に実家のお父さまの話をされてたのが、成瀬さんらしくて素敵だと思いました」

一条の柔らかな笑顔に、紬はますます赤面し、視線を逸らした。
胸の奥が、ぽっと灯るようにあたたかくなっていた。
< 87 / 211 >

この作品をシェア

pagetop