孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
会議室の空気が、ふと静かになった。

「……ちょっと嫉妬しますね」

ぽつりと一条がつぶやいた言葉は、思いのほか近い距離で、紬の耳に落ちてきた。

紬は一瞬耳を疑い、顔を上げて一条を見つめた。
視線が重なる。
けれど、一条の目には冗談めいた軽さはなくて、ただ静かに、真っ直ぐだった。

――聞き間違いじゃない。
嫉妬。あの言葉は、そのままの意味で。

「……困らせるようなこと言って、すみません」

視線を逸らしながら、一条が口を開く。

紬は、戸惑いのあまり、反射的に首を横に振った。

「い、いえ。そんなことないですよ」

けれど、自分でも何をどう受け止めていいのかわからなくなって、気持ちの置き所を探すように、咄嗟に言葉が飛び出した。

「……あの、今日も、ご飯とか……どうですか?」

言ってしまってから、変な空気になっていないか不安がよぎる。
おかしかったかな、唐突だったかな、と。

でも一条は、少しだけ間を置いて、

「もちろんです」と頷いた。

そのあとの沈黙は、不思議な緊張感を孕んでいた。 紬がふと目を上げると、一条の視線がじっと自分を捉えていた。

時間が止まったように。
まるで、見惚れるような――いや、吸い込まれるような、そんな視線。

紬はその熱に押され、思わず目を泳がせてから、ぎこちなく笑った。

「あ、あの……私、なんかついてますかね?」

その言葉に、一条の口元がわずかに緩む。

「いえ」

そして、柔らかく応接室の扉に手をかけると、少し先に出て、振り返って紬に向かって手招きした。

「行きましょうか」

その仕草に、どこか紳士的なやさしさがあって、紬は胸の奥がじんわり熱くなるのを感じながら、扉の向こうへと足を踏み出していった。
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