孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
レストランは、三軒茶屋の裏路地に佇む小さなフレンチビストロ、「ル・カレブラン」。

白い外壁とアイアンの看板が目印で、木製のドアには小さなベルがついている。
店内に一歩入れば、温かいアンバー色の照明と、こぢんまりとしたテーブル席、壁際に並ぶワインボトルが迎えてくれる。

決して華美ではないが、居心地の良い静かな空間だった。

「ここ、昔、先輩に教えてもらったんです。派手じゃないけど、味は本物で」

そう言って一条は、何気ない動作でドアを開け、紬の背中に触れるかどうかのぎりぎりの距離で気配をそわせた。

それは触れていないのに、まるで温もりを感じるような仕草。
紬はその空気に、無意識に肩をすくめてしまった。

店内に案内され、席につくと、紬は落ち着かない様子でナプキンを広げる手が少し震えていた。
目が合わないように視線を外しては、メニューに集中しようとしている。

(さっきのやりとり、思い出しただけで恥ずかしい……)

注文が終わると、一条は水のグラスを手に取りながら、あくまでも自然な口調で言った。

「紬さんは……いつ頃まで、彼氏さんいたんですか?」

声のトーンは柔らかく、ただの世間話のようだった。でも、紬の鼓動はまた跳ねた。

「……あの、」

紬は小さく咳払いして、視線を伏せたまま、消え入りそうな声で答えた。

「……彼氏、できたこと、なくて……」

その言葉に、一条は少し驚いたように眉を上げたあと、すぐに微笑んでグラスの水を一口飲んだ。

「意外ですね」

その一言に、また紬の顔が熱くなる。
けれど、不思議と嫌な気はしなかった。

それどころか、なぜか一条にだけは、そういうことも素直に言える――そんな気がしていた。
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