孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
一条は、水のグラスをテーブルに戻すと、穏やかな目で紬を見つめた。

「今日はもう、目合わせてくれないんですか」

その言葉に、紬の心臓がドクンと跳ねた。
(そんなストレートに言わないでください……)
余計に意識してしまい、ますます顔が熱くなる。
けれども、ゆっくりと勇気を出して、一条の方を見た。
目が合う。

――でも、続かない。
すぐに目を逸らしてしまう。
一条は、そんな紬を見て、少し肩の力を抜いたように優しく笑った。

「……理由がわかりました」

「え?」

「紬さんが、ふとしたときにあたふたする理由が」

その声はからかうようでもあり、愛おしむようでもあった。

「……恋愛経験、ほとんどないんですね」

言われた瞬間、紬の顔が真っ赤になる。
胸に、トリプルパンチが連続で入ったような衝撃。
俯いたまま、か細い声で呟く。

「……この歳で、男性と付き合ったこともないなんて、ちょっとコンプレックスなんです」

空気がすっと静かになった。
けれど、一条の声は優しく、そして真っ直ぐだった。

「そんなふうに感じること、ないですよ。……僕は、紬さんの、そういう初々しいところ、好きですよ」

“好き”という言葉。

紬の胸が、一気に高鳴る。
さっきまでの羞恥も不安も、全部飲み込まれていく。
まるで、陽だまりの中で包まれるような、ふわっとした気持ちに満たされた。

「……ありがとうございます」

気がつけば、紬は自然と笑っていた。
どこか自分らしく、素直に笑えている気がした。
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