孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
店員が丁寧にプレートをテーブルに並べていくと、ふわっとバターの香りが立ち上り、紬の胃が小さく鳴った。
鴨のローストに赤ワインソース、季節野菜のグリル添え。
彩りも美しくて、思わず顔がほころぶ。

「わぁ……美味しそう……」
紬が思わず漏らすと、一条がそれに応えるように微笑んだ。

「女性が美味しそうに食べる姿って、いいですね。そういうの、好きですよ」

そんな何気ない言葉に、紬の頬がまたほんのり赤くなる。
でも、それは恥ずかしさというよりも、くすぐったいような、温かい感情だった。

2人はナイフとフォークを動かしながら、仕事のちょっとしたエピソードや、休日の過ごし方など、たわいもない話題で会話を重ねた。

「私、最近ベランダ菜園始めたんです。プチトマトとかバジルとか……ほんとにちょっとだけですけど」

「へぇ、いいですね。そういうの、癒されますよね。紬さんらしくて素敵です」

ありふれた話題に、ありふれていない反応が返ってくる。
それは、ちゃんと耳を傾け、心で受け止めてくれている証のように感じた。

(この人といると、ちゃんと“私”を見てもらえてる気がする)

気づけば、ぎこちなかった背筋も、固くなっていた肩も、自然と力が抜けていた。
緊張していた胸の奥に、じんわりと優しいぬくもりが満ちてくる。

「……なんだか、心地いいですね、こういう時間」
紬がふと零すと、一条は目を細めて言った。

「僕もです。紬さんと話してると、時間が過ぎるのが早く感じます」

それを聞いて、また紬は笑った。
素直な笑顔だった。
言葉より先に、心が通い合うような、そんなひとときだった。
< 97 / 211 >

この作品をシェア

pagetop