孤高の弁護士は、無垢な彼女を手放さない
デザートのチーズケーキが運ばれてきたタイミングで、一条がナプキンを膝に整え、少し背筋を伸ばした。
グラスの水に軽く口をつけると、まっすぐに紬を見つめる。

「紬さん」

その声に、紬は手を止めて顔を上げた。

「紬さんには、遠回しに言っても困らせるだけだと思うので、はっきり言います」

その場に、一瞬だけ柔らかい緊張が走った。
だが──普通なら、ここで多くの女性は、これからの展開に気づくものなのだろう。
けれど、紬は違った。

「はい、なんでしょう?」

小さな声でそう言いながら、ぱくっとチーズケーキを頬張り、目をぱちくりさせる。
無防備な瞳に、一条は思わず小さく息を吐いた。

「……本当に、そこが紬さんらしいですね」

一条は、少し呆れたような、でも明らかに愛おしさをにじませた眼差しで微笑んだ。
そして、穏やかながらも凛とした声で告げた。

「紬さん。僕と──お付き合いしてください」

その瞬間、空気が変わった。

レストランの中の音が、遠くの世界のように感じられた。
ナイフとフォークの音、グラスのぶつかる音、人の笑い声。
すべてが遠ざかり、ただ一条の言葉だけが、時を止めたように、紬の胸の中に響いた。

口の中の甘さが、味じゃなくて、感情で広がっていく。
心臓が、静かに、けれど確かに高鳴る。
一条のまなざしは、逃げ場を与えず、けれど優しかった。

紬は──答えを出さなきゃ、と思うのに、声が出せなかった。
だって、あまりに突然で、夢みたいで、現実だと信じきれていなかったから。
< 98 / 211 >

この作品をシェア

pagetop