旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
     *


 タイムカードを切って職場を出たところで、後から出てきた板戸さんに声をかけられた。
 いつもは逆方向に帰っていく彼女だけれど、今日は寄り道をして帰るらしい。

 じっとりと湿ったぬるい風に吹かれ、肌がひと息に汗ばんだ。隣の板戸さんも派手に顔をしかめている。

「暑……ていうか能見さんって何通(なにつう)ですか?」
「ええと、バスを使ってます」
「へぇ~」

 自分から話を振ってきておいて、板戸さんの返事はいかにも関心がなさそうだ。
 話を膨らませるでも、自分の話を切り出してくるでもない。今まで付き合ってきた友人や同僚の中にはいない、独特のペースの持ち主だ。
 ちょっと面白くなってしまって唇が緩んだ、その次の瞬間だった。

「どうでした? 最後の晩餐」

 緩んだ唇が、その形のままで固まる。
 一瞬なんの話をされているのか頭が回らず、え、とぽかんとしてしまう。けれどすぐに、先の日曜のお休みを交換してもらったときのやり取りが蘇り、私は苦笑いを浮かべた。

「ふふ。冗談って言ったじゃないですか」
「だって、月曜は早退してくし昨日は休むし、正直焦りましたよ。修羅場にでもなってんのかなって」

 周りに人がいる場所じゃ訊けないでしょ、と板戸さんは不機嫌そうに眉を寄せている。
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