旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 言い淀む私の隣で、板戸さんは引き気味だ。
 単に私の気持ちが忙しなくて落ち着かないだけの話で、修羅場という言い方はさすがに大袈裟だ。かといってしつこく訂正を入れるほどでは、と返事に迷っていると、板戸さんは隣でげんなりと顔を歪めてみせた。

「いや別にどっちでもいいんですけど……まぁ休み代わってほしいとき、またあったら言ってくださいよね。代われそうなら代わるし」

 引いたような彼女の口調には、微かに同情も滲んでいる。
 具体的な話はなにも訊かれなかった。単純に、私の私生活に興味がないだけかもしれないけれど。

「ふふ。ありがとうございます」

 板戸さんは素直だ。笑顔の下にどんな本心を隠しているのか分からない人より、正直ずっと接しやすい。私は私で、人には自分の本心を隠しがちな性分だから、ときどき羨ましくなるくらいだ。
 板戸さんが足を止めたのはそれから間もなく――私にとって見慣れた、ある店の前だった。

「じゃあ、あたしはここで」
「えっ?」

 思わず声をあげてしまった。
 彼女が立ち止まったのは、ちょうど花屋の前だったからだ。和永さんが私のために薔薇の花束を買ったはずの、バス停と職場の間に建つ、あの小さな花屋。
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