旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 どうしよう。
 答えられない。
 こんなに優しく訊かれているのに、少しも。

 あの夜の熱がふと肌を掠めた気がして、なおさら息が詰まる。
 仮面夫婦のままでいい――違うだろ、と和永さんに耳元で囁かれている気分になる。

 いけない。
 あの夜の一部始終は、今、こんな人前で蘇らせていい記憶ではない。

「……今……は、その」
「能見はそうは思ってないよ、絶対」

 言い淀む私の言葉を遮って返ってきたのは断言で、ますますなにも言えなくなる。とうとう声のひとつも零せなくなり、私はただ静かに俯いた。
 ソファ席の上、膝に載せた手を拳にして握り締める。伏せたきりの目を泳がせるしかできない私の耳に、ほどなくして榛奈さんの穏やかな声が届く。

「あたしさ、能見の同僚が好きなんだよね。もう三年片思いしてる」

 意外な話題に切り替わり、伏せた目を思わず見開く。
 三年という言葉に覚えがあった。さっき板戸さんから聞いた話だ、と遅れて気づき、私はようやく顔を上向ける。

「あ……同僚の方、ですか?」
「うん。織田原さんって人。ご存知?」

 眉尻を下げて微笑む榛奈さんに問われ、いいえ、と首を横に振る。
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