旦那様、離婚の覚悟を決めました~堅物警視正は不器用な溺愛で全力阻止して離さない~
 固めたはずの覚悟が簡単にぐらついてしまう。
 私のその隙が見えているかのように、和永さんはすかさず言葉を重ねてくる。

「俺はこの届には記入できない。する気もない」
「……困ります。そんな」

 今さら、と続けそうになった口を、私はかろうじて噤んだ。
 離婚という結論に辿り着いたのは、私が、私自身に問題があると感じたからだ。離婚したほうがいいですか、と思わせぶりな確認をしたことももちろんない。さっきの『どうして急にこんな』という言葉の通りで、和永さんにとって離婚の話はまさに寝耳に水だったはずだ。でも。

 クリアファイルを取り返そうと、私はやんわりと和永さんの手元へ腕を伸ばす。ところがその途端、彼は届を持っているほうの腕を高く持ち上げた。
 は、と目を丸くしてしまう。五つも年上の夫が、こんな子供じみた手段を取るなんて。
 まったく届かない位置まで掲げられたそれを呆然と見つめた後、私は信じられないとばかりに和永さんに目を向け直す。

「っ、ちょっと、返してくださ、」
「薫子」

 名を呼ばれ、図らずも背がびくりと震えてしまう。
 それと同時に和永さんが投げ捨てた――投げ捨てたようにしか見えなかった離婚届入りのクリアファイルが、リビングのテーブルの下をするすると滑っていく。

 間を置かず、和永さんはソファの上の紙袋に手を突っ込んだ。
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